佐賀での生い立ちとアメリカ留学
昭和32〜
佐賀県鳥栖市に生まれる
在日韓国人の実業家の家庭に、4人兄弟の二男として生まれた。
高校を中退して渡米
司馬遼太郎の小説『竜馬がゆく』に影響を受け、脱藩に憧れて渡米を決意したという。
カリフォルニア大学バークレー校経済学部を卒業
在学中には自動翻訳機の発明品を企業に売り込み、事業資金を得た。
起業、本名での船出
昭和56〜
— 福岡市博多区雑餉隈で「日本ソフトバンク」を設立
起業の際、通名の「安本」ではなく本名の「孫」を名乗ることを決めた。家族からは就職や融資で差別を受けるとして反対されたが、「在日韓国人にも日本人と同じだけの能力と正義感がある」ことを自らの事業で証明したいと語り、本名での起業を貫いた。
日本ソフトバンク代表取締役会長に就任
PCソフト卸・出版事業を拡大していった。
日本ソフトバンク代表取締役社長に就任
会長と社長を兼任する体制になった。
社名を「ソフトバンク」に変更
「日本ソフトバンク」から、後にグループ共通のブランドとなる名称に改めた。
ソフトバンク・ホールディングス会長兼CEOに就任、株式を店頭公開
出版・PCソフト卸の事業を拡大し、株式上場も果たした。
インターネット・通信事業への進出
平成8〜
ヤフー株式会社の社長に就任
以後、ADSL接続サービス「Yahoo!BB」などインターネット事業を本格展開した。
日本テレコムと福岡ダイエーホークスを買収
プロ野球球団は「福岡ソフトバンクホークス」となった。
— ボーダフォンを買収し携帯通信事業に参入
通信業を本業の軸とするようになり、2008年には日本で初めてiPhoneを発売した。
ARM・スプリント買収で国際展開
平成25〜
米国の通信大手スプリントを買収
海外の通信事業にも進出していった。
— 英半導体大手ARMを買収
テクノロジー分野への投資会社としての性格を強めていった。
AI時代への大規模投資、そして現在
平成29〜
「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」の運用を開始
10兆円規模という、ベンチャーキャピタルファンドとしては世界最大級の投資ファンドだった。
シェアオフィス大手ウィーワークへの投資が巨額損失に
IPO申請過程で同社の経営問題が明らかになり、約1兆円の損失を計上することになった。
英半導体大手ARMがナスダックに再上場
2023年最大のIPOとなり、ソフトバンクグループにとって大きな資金源となった。
OpenAIへの大規模出資などAI投資で資産が急増
米OpenAIへの追加出資やフランスでのデータセンター投資協定の締結を進め、資産は約800億ドルとなり、フォーブス日本長者番付で2021年以来となる首位に返り咲いた。