生い立ちとジャズ青年時代
昭和20〜
福岡市南区に生まれる
本名は森田一義(もりた かずよし)。終戦直後の福岡で育つ。
早稲田大学に進学、ジャズに没頭し「タモリ」に
モダン・ジャズ研究会でトランペットを担当するも「お前のラッパは笑っている」と評され3日で断念。代わりにバンドのマネージャー兼司会を務めるようになり、この頃に付いたバンドマン読みのニックネームが「タモリ」だった。
本人演奏より、場を仕切り人を笑わせるほうが性に合っていた。
学費未納で抹籍、福岡へ戻り結婚
学費を旅行に充てたことから授業料が払えず抹籍処分に。福岡に引き戻され朝日生命の保険外交員として約3年勤め、2歳年上の同僚女性と結婚。その後は旅行会社を経て、奇妙なマスターとして知られる喫茶店を営んだ。
— ジャズピアニスト・山下洋輔との運命的な出会い
福岡を訪れた山下洋輔トリオの宿泊先に飛び込み、デタラメの外国語芸を即興で披露。山下を呼吸困難になるほど笑わせ、その異才が文化人たちの間で語り草となる。
世間「あの福岡の変人マスターは何者だ」と仲間内で評判になった。
上京 ―― 密室芸でのデビュー
昭和50〜
— 赤塚不二夫らに招かれ上京、芸能活動を開始
山下洋輔や赤塚不二夫ら文化人にその芸を絶賛され上京。赤塚不二夫のマンションに居候しながら、本格的に芸能活動へと足を踏み入れる。
本人芸人になろうという気負いもないまま、面白がられて東京に出た。
「タモリのオールナイトニッポン」で深夜の人気者に
イグアナのものまね、四カ国語麻雀、ハナモゲラ語といった「密室芸」を武器に注目を集める。深夜ラジオでも独特の話芸でファンを広げた。
「だんとつタモリ おもしろ大放送!」(ニッポン放送)開始
夕刻の主婦向けトークバラエティで、きわどいトークを交えながら新たな客層へと支持を広げていく。
「今夜は最高!」(日本テレビ)で知性派の一面を打ち出す
深夜バラエティで音楽やコントを織り交ぜ、密室芸人の枠を超えた知的な芸風を前面に出してファン層を拡大した。
昼の顔へ ―― 「笑っていいとも!」と司会者の地位確立
昭和57〜
— 「森田一義アワー 笑っていいとも!」開始
フジテレビのプロデューサー横澤彪が「夜の顔を昼に」と、深夜芸人のタモリを昼の生放送帯番組に起用する荒業に出る。当初は低視聴率だったが間もなく国民的人気番組となった。
世間「お昼はいいともを観る」が日本の生活習慣になっていった。
「タモリ倶楽部」(テレビ朝日)開始
本来の自由な芸風を残す深夜番組として始動。趣味的でマニアックな企画が支持され、長寿番組となっていく。
NHK紅白歌合戦の総合司会に
第34回NHK紅白歌合戦の総合司会を担当。NHKアナウンサー以外が紅白の総合司会を務めるのは史上初という異例の起用だった。
— 「ミュージックステーション」の総合司会を引き継ぐ
関口宏からテレビ朝日の音楽番組『ミュージックステーション』の司会を引き継ぐ。以後、長きにわたり音楽シーンの定点として番組の顔を務めることになる。
「タモリのボキャブラ天国」(フジテレビ)開始
言葉遊びを競うバラエティが若い世代にも人気を呼び、昼・音楽番組に加えゴールデン帯でも顔となる。
ビートたけし・明石家さんまと「お笑いBIG3」として並び称される
特番のゴルフ対決などで共演を重ね、三者は日本の「お笑いBIG3」として広く認知されるようになる。
「トリビアの泉」(フジテレビ)が人気番組に
雑学を披露する深夜番組がゴールデンに昇格するほどのヒットとなり、司会者として幅広い世代に親しまれた。
「笑っていいとも!」がギネス世界記録に認定
生放送バラエティーの単独司会放送回数最多記録としてギネス世界記録に認定される。
NHK「ブラタモリ」、そして国民的存在として
平成20〜
「ブラタモリ」パイロット版がNHKで放送
古地図を片手に街を歩き、地形や歴史の謎を読み解く新機軸の散歩番組。タモリの博識と探究心が存分に発揮される。
— 「ブラタモリ」がレギュラー番組としてスタート
地形・地質・歴史を楽しむ番組として幅広い層に定着。地理ブームの火付け役ともなり、教養番組の新たな形を示した。
第2回 伊丹十三賞を受賞
「テレビに『タモリ』としか名づけようのないメディアを持ち込み、独自の話芸と存在感を発揮する稀な才能」と評された。
「笑っていいとも!」が最終回、全8,054回に幕
1982年から続いた昼の生放送が32年の歴史に幕を下ろす。単独司会の最多記録として、あらためてギネス世界記録に認定された。
世間終了を惜しむ声が全国に広がり、最終回は大きな話題となった。
第62回 菊池寛賞を受賞
「独自の視点を持つ数多いテレビ番組の『顔』として、日本の笑いを革新した」ことが評価された。
NHK放送文化賞を受賞、「Mステ」は30周年
第68回NHK放送文化賞を受賞。司会を引き継いだ『ミュージックステーション』もこの年に30周年を迎えた。
「ミュージックステーション」がギネス世界記録に
同一司会者による生放送音楽番組として最長記録に認定。司会者として再びギネス世界記録に名を刻んだ。
「徹子の部屋」での「新しい戦前」発言が反響
黒柳徹子に来年を問われ「新しい戦前になるんじゃないですかね」と答えた一言が大きな反響を呼び、翌2023年の新語・流行語大賞にノミネートされた。
世間「ゾッとした」「重い言葉だ」とネット上で議論を呼んだ。
「タモリ倶楽部」が放送終了
1982年から約40年6か月、全1,939回続いた深夜の長寿番組が幕を閉じた。
「ブラタモリ」のレギュラー放送が一旦終了
2009年から続いた毎週のレギュラー放送に一区切り。その後も特別編が組まれ、人気は衰えなかった。
「ブラタモリ」がレギュラー番組として復活
番組コンセプトはそのままに、街道を歩くシリーズなど新たな試みを加えて再始動。地域の魅力を伝える旅を続ける。
80歳(傘寿)を迎えてなお第一線で
『ミュージックステーション』『ブラタモリ』の司会を続け、ビートたけし・明石家さんまと並ぶ「お笑いBIG3」の一人として、半世紀を超えてテレビの第一線に立ち続けている。
2026年現在 ― 第一線で司会を続ける
『ブラタモリ』『ミュージックステーション』『タモリステーション』などの司会を継続。山中伸弥との対談番組『知的探求フロンティア』にも出演するなど、80歳を超えてなお幅広く活躍している。